2005年2月、家人の入院雑記 ④ 

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・2.23  退院


 退院日。春一番が吹いて、桜の咲く頃のような暖かさ。


 昼。病室で家人の荷物をまとめながら、部屋の人達にひなあられを配る。窓際の二人にはわたしから。あとは家人自ら(点滴台をガラガラ引きずりつつ)配り歩き、一人一人から「塩分控えめに」「ジュースより水」「散歩がいちばん」と糖尿予防のアドバイスを受ける。

 たばこたばこ(一服)、というので休憩室に移り、この一週間の入院・治療費の精算を待つ。この休憩室は患者や家族がゆったりくつろげる食堂スタイル。片隅に喫煙コーナーもあり、家人はいつもそこで一服していた。 家人の腕には最後の点滴。ときおり、点滴の袋と薬液の落ちてくる所を見上げる。 ぽたり。ぽたり。一滴一滴が遅く感じられる。

 休憩室の窓外のテラスにはウッドデッキが敷かれ、白い円テーブルと椅子が置いてある。日差しに誘われ、わたし一人でテラスに出てみた。ピンク色のセーターにお日様があつまり、ぬくぬくと暖かい。足元のプランターにハーブ(食用の草)が植えられている。札がないため、名前はわからない。ちぎって食べてみる。シソのような香り。 白い椅子に腰かける。頬杖ついて目を細め、そのままぼんやりと、ひと足早い春の空気に抱かれる。

 ガラス越しに休憩室の中をみると、家人と一人の患者さんとが何か話しながらワッハッハと笑い合っている。喫煙コーナーで知り合った他の病室の人。煙草友達やねん、と家人がきのう紹介してくれた。


 夕方。ようやく精算を済ませ、家人の部屋の人達に最後の挨拶。わたし達の周りに集まってきて、口々にこんなことを言う。「無理は禁物だよ」「当分ゆっくりしてさ」「そうそう、ゆっくり休むの」「彼女に心配かけないように」「体はひとつしかないんだから」「そうそう、大事にしなくちゃ」 かけられるひとつひとつの言葉を、家人の後ろで、ティッシュで目を押さえながら聞いた。退院できて嬉しいというよりも、同室の人達がいい人たちで本当に良かった……という気持ちの方が大きかった。今日のわたしはまともな挨拶もできず、深く深くお辞儀をするだけ。


 病院をあとにしてバス停まで歩く。 一週間ぶりに外を歩く家人の歩みはゆっくりで、一歩ごとにふらりと体が揺れる。病院では普通に歩けたのに……と、額に汗を浮かべながら笑う家人。 家人の背中に手を添えて歩くのだけど、もしここで家人が倒れても、わたしの三倍ある体重を支えられるはずもない。ただ手を添えているだけ。春風が家人の額を乾かし、わたしの髪を巻き上げていく。 ……家人、退院しても良かったのだろうか? これで大丈夫という気がしない。

 

 

 


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・2.26


 やっぱり家の飯はうまい!といって家人はもりもり食べている。入院して少しやつれていた顔も、元の丸顔に戻った。立ち上がるときと歩くときには少し体が揺れる。車の運転はしばらく無理。夜はよく眠り、テレビも楽しんでいる。目を使うのはあまり良くないのだけど。

 

 夕方、家人が回線の設定をし直してようやくネットに繋がった。わたしが自分宛に届いていたメールに返事を書くあいだ、家人は中華くらげきゃらぶき・唐揚げ・しらす等で丼ご飯。「美味い!きゃらぶき、めっちゃ美味い!」と言いながら二杯目に突入。「○○ちゃん夕飯どうするん?」と訊くので「わたしはモンブラン食べなくちゃだし、ポテチもあるし」と答えると「あかん!お菓子を飯にするなんてアカン!米を食いなさい!」「でもその二杯目でご飯なくなっちゃったでしょ」「だって美味いねんもん!きゃらぶき美味いねんもん……あぁ、美味すぎて止まらん」 ……というわけでわたしの夕飯はモンブランに決定。

 

 夜きちんと寝たはずなのに、きょうはなんだか、気付くと眠っている。 寝てばかりでごめんなさい……と家人に謝ると「そんなん気にせんと、しばらくゆっくり休んどき」と言ってくれた。