2005. 9.7(1)子猫、うごけなくなった 


2005.9.7 ・9.7(1) 子猫、うごけなくなった 


 早朝。子猫が猫トイレでうずくまっている。砂の上に吐いたあとがある。そのまま出られなくなったらしい。抱き上げて猫舎の棚に寝かせる。横向きに寝たまま動けない様子。お腹の上下するのが早い。 あれ。触れればカァっと手を焼くようないつもの体の温かさがない。寒いのかな。温かそうなピンク色のタオルをもってきて子猫にかける。

 お日様が昇りはじめた。明るくなってきた部屋でみると子猫の尻尾が汚れてカピカピになっている。さっきのトイレで吐いたものの上に座っていたらしい。お風呂場に連れていき温かいお湯できれいに流した。拭きおわらないうちに、とことことキッチンのほうへ歩きだす。「あぁ待って麦、どこいくの」タオルをもって子猫のあとを追う。ひざの上に乗せて尻尾を拭いていると、子猫は「降ろしてぇ」と言うようにひざから降りて食卓の下にもぐった。 朝一番で病院につれていこう。今日は家人が休みだから、もうすこししたら家人を起こして車で行こう。 子猫は食卓の下で、しんどそうに伏せている。のぞきこんでは声をかけ、手を伸ばしてお腹をさわる。うん、動いてる。

 

 わたしが洗面所で身支度をはじめると、いつのまにか子猫が食卓の下から出てきて洗面所の前の座布団にいた。『伏せ』の格好でこちらを見上げている。「あら来たの、ん?」となでると、食卓の下にもぐっていった。 洗面所に戻って支度をしていると、子猫はまた座布団の上に出てきて、わたしを見ている。窓からさしこむ朝日のなか、丸い黒目が潤んでキラキラ光っている。もともと可愛い目だけど、なんだろう、今日はまたいちだんと可愛い。「どしたの、今日は甘えんぼちゃんでしゅねぇ」手のひらで肩を包むと、スッとまた食卓の下へ入ってしまう。そんなことを三、四回か繰り返しているうちに、そろそろ病院の開く時間。

 

 家人を起こす。「車とってくる、下に着いたらメール入れるから猫つれて降りてきてな」 食卓の下から出てきてわたしの傍らにうずくまる子猫。すこしの間なでて、それからキャリーバッグの中へ入れる。 家人が下に着いた。家人の車に乗り込み、キャリーバッグをひざに抱える。台風のあれなのか晴れているけれど風が強く、車の前方で新聞やビニールが高く舞い飛んでいる。さんさんと日の当たる助手席で、キャリーバッグの中の子猫を手のひらで温め、声をかけつづける。「だいじょうぶよ、もうすこしだからね、診てもらえるからね、ね」

 


 朝八時。動物病院に着く。

 「体温も低下していて、胸のほうにまでお水がたまってきて呼吸がしにくい状態ですね」。 こちらのほうでお預かりして点滴と濃いめの酸素を送って……してあげると苦しいのが少しはやわらぐと思いますけど、どうしますか、と先生。

 子猫を病院に預けた(入院)。 帰り道、すこしだけホッとした気持ちと、空になったひざに違和感を感じながら、何度もうしろ(動物病院のほう)を振り返る。「病院、いろいろしてくれるって言ってたもんね……」「うん、とりあえず呼吸は楽になるやろ」「今日あなたが休みでよかった」「そうやなぁ」 スーパーに寄り、珈琲・お惣菜・白飯その他。

 


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 家人は自分の検診のための病院へ出掛けた。妹の携帯にここ数週間の子猫の様子と入院させたことをメール。 空腹だけどご飯なんて食べる気になれなくて、とりあえず音楽を聴く。 なにかあると、このひとの曲を聴いてるなぁ。あのときも、それからまたあのときにも。この手を離しちゃだめだ、離したらわたしは……って、しっかりと手をつなぐように聴いていたんだ、いつも。

 

 ふと左ひざを立てると、ひざ横に二本の赤い傷跡。ああこれ、いつか子猫に引っかかれたところ。まだ残っていたんだ。 まさか。この爪跡が消えるより先にあの子……。 麦、あなたうちに死にに来たの?? ちがう。愛されるために来たんだ。そうでしょう麦。 そんならこれからじゃない。ようやくうちとけてきて、いよいよこれからじゃないの。愛ならここにたっぷりあるのよ、これぜんぶあなたにあげようと……、麦。 もしその何とかっていう病気なら「治った」っていう初めての例になろう、奇跡みたいに回復してお医者さんをびっくりさせてやりましょう。ね、麦。 奥歯をかみしめる。泣いたらいけない、縁起でもない、いま泣くなんてとんでもない。 ヘッドホンから流れる音楽の、その声の主に祈る。おねがい、あなたの力をちょうだい。かつてわたしを救ったあなたの、あの力をわたしに。そうしてわたしからあの子に……。 バルコニーの草たちも頭に浮かぶ。あなたたちも。おねがい、力をちょうだい。