・9.7(夜1)冷たい子猫と布団に入る /9.7(夜2)ひざまづいて、子猫の頭にくちづける 


2005.9.7
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・9.7(夜1) ※冷たい子猫と布団に入る 

 

 早めの夕飯。二人とも朝から何も食べていなかった。今朝スーパーで買って、お昼に食べるはずだったお惣菜を温め直す。食べながら話題はしぜんと昨夜の子猫、けさの子猫のことになる。


 夕飯後。子猫と一緒に埋めるものを準備。バルコニーに降りて野草の大株を二つに割り、片方をもって部屋に戻る。家人はエサの袋からかなりの量をビニール袋に入れた。「そ、そんなに?」「こんだけあれば困らんやろ」 ひととおり準備を終えると、家人の部屋からいびきが聞こえてきた。


 わたしも自分の寝室で仮眠をとることにした。キャリーバッグのファスナーをあける。子猫が左を下にした格好で横たわっている。あと何時間かでこの体は土の中に入ってしまう。もう、さわれなくなるんだ。


 子猫を抱き上げて一緒に布団に入る。今夜だけこうして抱いて眠ろう。 死ぬと硬直するというけど。首もお腹も耳もこんなに柔らかい。やわらかく目をつむって(猫特有の)なんだかうれしそうな表情で……ただ眠っているだけのように思える。生きてるのとそう変わらない。肉球だって……あら、ひんやりしてる。冷たい。肉球つめたい。 「冬になったらコイツ、○○ちゃんの布団へ行くやろなぁ」そう家人が言うたびに「まさか。あなたのほうが温かいから、きっとここ(家人の所)で寝るでしょ」と笑ったけれど。 ほんとは夢みてた。寒い季節になったらわたしの布団に来てくれるかなぁ、そうなったらいいなぁ と思ってた。こんなふうにくっついて一緒に……。 泣くまいと思っても、やっぱり触れている限りは涙がとまらない。子猫の頭に顔をうずめるようにしてくちづけたあと、ふたたび抱き上げて、バッグの中にそっと寝かせた。子猫の頬にパタパタと涙が落ちる。そっと手のひらで拭う。

 

 

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・9.7(夜2) ※ひざまづいて、子猫の頭にくちづける /「こんな冷たい土でごめんな、許してな、小麦……」 

 

 深夜。車を降りると、道端に雑草の茂み。猫じゃらし(エノコログサ)だ。一本引き抜いてくるくる回す。「なんやそれ」「猫じゃらし。これも入れてあげるの」


 潮風の渡る木立ち。 スコップの先で雑草の根を押し切りながら家人が穴を掘る。土はふかふかと柔らかく、根さえなければ手でも掘ることができそうなほど。スコップが土をすくうたびに、ふっくらとした甘い土のにおい。遠い外灯の灯りをうけて下草がかすかに光る。ちょうど月明かりくらいだろうか。家人のうしろ首も汗で光っている。虫が鳴いている。いい風が吹いて木々をさわさわと鳴らす。


 かなりの深さに掘れた。子猫を埋めるには十分すぎるくらいの大きさ。ぽっかりと開いた穴をのぞきこむ。底のほうまでは灯りが届かず、よく見えない。鞄から子猫をだして二人で見つめ、柔らかな毛をなでる。家人が別れの言葉か何かを呟く。風が立ち、梢がさわさわさわと鳴る。 わたしはひざまづくと子猫の頭を抱え、その小さな小さな頭に顔をうずめて唇をつけた。目を瞑り、子猫のにおいをたしかめながら祈るような気持ちでくちづける。 瞬間、風の音も虫の音も消えて、すべての気配が遠ざかった。白い光に目が眩み、頭の芯がくらりとなる。 なんだろう。ほんの数秒のはずなのに。まるでそう、永遠へとつながっているような……。なんだろうこの不思議な感じは。 土に手をつき呆然としているわたしの傍らで、「こむぎ……ごめんな、ごめんなぁ」家人は涙声で言うと、穴の中にそっと子猫を横たえた。この人にもまた。この人にはこの人の、家人と子猫との物語があるようだった。そうして子猫にも、子猫自身の物語が。 おもちゃ・ご飯・どんぐり・花(バルコニーに一輪だけ咲いていた白絹色の薔薇)を添える。「こんな冷たい土でごめんな、堪忍してな、こむぎ……」ゆっくりと土をかけながら、家人のサンダルにぽたっ、ぽたっ、と大きな水滴。「汗か涙かわからへん……ははは」


 線香代わりのお香(青竹の香り)に火をつけて、しばらく佇む。「うちに来て、こいつ幸せやったんかなぁ?」土を見つめたまま、ぽつりと家人が呟く。喉が詰まって答えられないでいるわたしに代わるかのように、すこしだけ大きな風が立ち、頭上の木の葉をさわさわさわと鳴らした。そうして乾いた音とともに足元の枯葉をどこかへ運び去っていった。

 

 スコップの土を払い、空になったキャリーバッグを持って車まで歩く。見上げると、台風のあとの澄み渡った夜空にいつもよりたくさんの星。「ここは……星がよく見えるし」「水もたっぷりあるし……塩水やけどな、ははは」「うん」「ここなら(山奥じゃないから)あいつ、寂しくないな」「うん」「また週末に来ような」「うん」 こうして一歩ごとに子猫から遠ざかるのかと思うとたまらない気分だった。 「流星でも何でもここなら……」呟きながら振り返ると、大きな木々が、森が、風に揺れていた。 あの子をお願いします。あの子を。祈るように見つめるわたしの目のなかで森は微笑むように大きく揺れ、さわさわさわと、いっそう深い音で鳴った。