名も知らぬ詩&日記 2003年12月 

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・12.1


 文庫本の重さは心臓のそれに近いかもしれない。それならこれは誰の心臓だろう… 胸のうえに本をのせたまま眠っていた。

 

 夢のなか、雨の糸で空気に刺繍をする大きな暖かい手を感じていた。やさしくなつかしい調べが世界をふちどり、それは… この小さなこどもに聴かせるためだけに誰かが口ずさんでいる子守唄なのだった。

 

 


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・12.4


 紅茶花伝を温めたら、ちいさな病院の待合室のにおいがした。小さい頃から通っていた町医者を思い出す。 先生は山羊だった。 おじいさんで、やせていて、白衣に白いあごヒゲで。はじめて診てもらったのは5歳のとき。見た瞬間、「ヤギだ。ヤギのおいしゃさんだ!」とおもった。

 こどものころは人間と動物とその他の区別があいまいで、タヌキのおばさんや、父の友達のリキさん(漫画)、わたしの友達でカボチャがいたりした。カボチャの子は頭が大きくて赤い顔をしていて、ちょうどハロウィンの飾りかぼちゃのような。あだ名ではなく、ほんとうにタヌキやリキさんやカボチャだとおもっていた。

 その後、タヌキやリキさんやカボチャの子とは会わなくなり、わたしは曖昧な気分のまま彼らを「人間」ということにした。 ただ、あの先生だけは、16歳でその町を離れるまで、ほんとうに山羊だとおもっていた。

 

 北の国から林檎便り。 あの台所の板の間は。旧式の石油ストーブは。ストーブにかけた薬缶は。湯気は。湯呑み茶碗は。 祖母は。

 

 


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・12.7


 きのう。 昼から切り抜き記事を整理。さっと目を通すうち、夕方になる。 ある記事の日付けをみて不思議なことに気付く。その頃はまだその事には興味を持っていなかったはず。なのに切り抜いていた。オーパーツみたい。 それから、ようやく炬燵を出した。わたしのいつも座るところにいちばん多く炬燵布団がくるようにした。

 昨夜。 ロールキャベツに味噌を溶いてみた。ふわっと湯気がのぼり、かつおだしが丸く薫った。ロールキャベツの周りをくるくると味噌の花のワルツ。

 

 

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・暁の番人 (2003.12)


からすがひとつ鳴いたら
わたしは夜をたたんでひきだしにしまう

ふたつ鳴いたら
窓をあけて東の空の色をたしかめる

みっつを聞いて ようやく
それを迎えるためのお茶の支度にかかる