2005.9.24 ・9.24 ラジオ。 /オスカー・ピーターソン「自由への讃歌」 

2005.9.24 ・9.24  ラジオ。 /オスカー・ピーターソン「自由への讃歌」 

 


 かすかな雨音を聴きながら一日眠っていた。何か夢を見たような気もするけれど思い出せない。見なかったかもしれない。

 


 夜。ひさしぶりに新聞を手に取る。カレーを煮込みながら、米国に来ているハリケーン「リタ」の記事を読む。頁を繰り、先月「カトリーナ」にみまわれたニューオリンズルイジアナ州)についての記事を切り抜き、色鉛筆で線をひく。 そろそろ……じゃがいもに火が通る頃かな。土鍋をのぞいて、戸棚からスパイスの箱をだしてローリエの葉を一枚。食卓に戻り、切り抜いたニューオリンズのうえで、そこに暮らしていた人達に思いを巡らせながらキッチン鋏でローリエに切り込みをいれていく。透きとおった爽やかな香りが広がる。

 


 夕飯後。ぼんやりとラジオをきいていると、小曽根真(おぞねまこと)がリスナーからのメールを読み始めた。 「小曽根さんはじめまして、○○と申します。以前、父がよくこちらの番組にメールを送っていました。 ……あぁ、○○さん! 覚えてますよ、○○さんでしょう、うん、覚えてます。 ……父も小曽根さんと同じようにオスカー・ピーターソンが好きで、それから『小曽根はすごいよ、あいつはきっと世界のジャズシーンを変える!』といつも言っておりました。その父は先日永眠しましたが、その間際まで枕元にラジカセを置いて小曽根さんの番組を聴いていました。 (中略)どうかこれからも楽しい番組を……」

 

 メールを読み終えると小曽根真は曲を見つくろい、軽い説明のあと「それではお聴きください、オスカー・ピーターソンの……」 ピアノ曲が流れはじめた。 カセットテープの録音ボタンを押した。そして「じ ゆう、への……」 曲名を、手近な紙に書きとめる。

 

 

BGM: オスカー・ピーターソン「自由への讃歌」

 

 

 

 

 

・9.7(夜1)冷たい子猫と布団に入る /9.7(夜2)ひざまづいて、子猫の頭にくちづける 


2005.9.7
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・9.7(夜1) ※冷たい子猫と布団に入る 

 

 早めの夕飯。二人とも朝から何も食べていなかった。今朝スーパーで買って、お昼に食べるはずだったお惣菜を温め直す。食べながら話題はしぜんと昨夜の子猫、けさの子猫のことになる。


 夕飯後。子猫と一緒に埋めるものを準備。バルコニーに降りて野草の大株を二つに割り、片方をもって部屋に戻る。家人はエサの袋からかなりの量をビニール袋に入れた。「そ、そんなに?」「こんだけあれば困らんやろ」 ひととおり準備を終えると、家人の部屋からいびきが聞こえてきた。


 わたしも自分の寝室で仮眠をとることにした。キャリーバッグのファスナーをあける。子猫が左を下にした格好で横たわっている。あと何時間かでこの体は土の中に入ってしまう。もう、さわれなくなるんだ。


 子猫を抱き上げて一緒に布団に入る。今夜だけこうして抱いて眠ろう。 死ぬと硬直するというけど。首もお腹も耳もこんなに柔らかい。やわらかく目をつむって(猫特有の)なんだかうれしそうな表情で……ただ眠っているだけのように思える。生きてるのとそう変わらない。肉球だって……あら、ひんやりしてる。冷たい。肉球つめたい。 「冬になったらコイツ、○○ちゃんの布団へ行くやろなぁ」そう家人が言うたびに「まさか。あなたのほうが温かいから、きっとここ(家人の所)で寝るでしょ」と笑ったけれど。 ほんとは夢みてた。寒い季節になったらわたしの布団に来てくれるかなぁ、そうなったらいいなぁ と思ってた。こんなふうにくっついて一緒に……。 泣くまいと思っても、やっぱり触れている限りは涙がとまらない。子猫の頭に顔をうずめるようにしてくちづけたあと、ふたたび抱き上げて、バッグの中にそっと寝かせた。子猫の頬にパタパタと涙が落ちる。そっと手のひらで拭う。

 

 

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・9.7(夜2) ※ひざまづいて、子猫の頭にくちづける /「こんな冷たい土でごめんな、許してな、小麦……」 

 

 深夜。車を降りると、道端に雑草の茂み。猫じゃらし(エノコログサ)だ。一本引き抜いてくるくる回す。「なんやそれ」「猫じゃらし。これも入れてあげるの」


 潮風の渡る木立ち。 スコップの先で雑草の根を押し切りながら家人が穴を掘る。土はふかふかと柔らかく、根さえなければ手でも掘ることができそうなほど。スコップが土をすくうたびに、ふっくらとした甘い土のにおい。遠い外灯の灯りをうけて下草がかすかに光る。ちょうど月明かりくらいだろうか。家人のうしろ首も汗で光っている。虫が鳴いている。いい風が吹いて木々をさわさわと鳴らす。


 かなりの深さに掘れた。子猫を埋めるには十分すぎるくらいの大きさ。ぽっかりと開いた穴をのぞきこむ。底のほうまでは灯りが届かず、よく見えない。鞄から子猫をだして二人で見つめ、柔らかな毛をなでる。家人が別れの言葉か何かを呟く。風が立ち、梢がさわさわさわと鳴る。 わたしはひざまづくと子猫の頭を抱え、その小さな小さな頭に顔をうずめて唇をつけた。目を瞑り、子猫のにおいをたしかめながら祈るような気持ちでくちづける。 瞬間、風の音も虫の音も消えて、すべての気配が遠ざかった。白い光に目が眩み、頭の芯がくらりとなる。 なんだろう。ほんの数秒のはずなのに。まるでそう、永遠へとつながっているような……。なんだろうこの不思議な感じは。 土に手をつき呆然としているわたしの傍らで、「こむぎ……ごめんな、ごめんなぁ」家人は涙声で言うと、穴の中にそっと子猫を横たえた。この人にもまた。この人にはこの人の、家人と子猫との物語があるようだった。そうして子猫にも、子猫自身の物語が。 おもちゃ・ご飯・どんぐり・花(バルコニーに一輪だけ咲いていた白絹色の薔薇)を添える。「こんな冷たい土でごめんな、堪忍してな、こむぎ……」ゆっくりと土をかけながら、家人のサンダルにぽたっ、ぽたっ、と大きな水滴。「汗か涙かわからへん……ははは」


 線香代わりのお香(青竹の香り)に火をつけて、しばらく佇む。「うちに来て、こいつ幸せやったんかなぁ?」土を見つめたまま、ぽつりと家人が呟く。喉が詰まって答えられないでいるわたしに代わるかのように、すこしだけ大きな風が立ち、頭上の木の葉をさわさわさわと鳴らした。そうして乾いた音とともに足元の枯葉をどこかへ運び去っていった。

 

 スコップの土を払い、空になったキャリーバッグを持って車まで歩く。見上げると、台風のあとの澄み渡った夜空にいつもよりたくさんの星。「ここは……星がよく見えるし」「水もたっぷりあるし……塩水やけどな、ははは」「うん」「ここなら(山奥じゃないから)あいつ、寂しくないな」「うん」「また週末に来ような」「うん」 こうして一歩ごとに子猫から遠ざかるのかと思うとたまらない気分だった。 「流星でも何でもここなら……」呟きながら振り返ると、大きな木々が、森が、風に揺れていた。 あの子をお願いします。あの子を。祈るように見つめるわたしの目のなかで森は微笑むように大きく揺れ、さわさわさわと、いっそう深い音で鳴った。

 

 

 

 

 

9.7(2)子猫、入院 →子猫の容態が急変 /9.7(3)大粒の雨が車のガラスを /スコップを購入 

2005.9.7 ・9.7(2)※子猫、入院 →子猫の容態が急変 


 昼一時。 動物病院から電話。『こむぎちゃんの容態が急変したのですぐに来てください』 家人の携帯にメールを送り、バッグにお財布と帽子だけ放りこんで家を出る。


 タクシーを拾えた。動物病院の地図をみせて「この交差点の辺りまでお願いします」。走り出してすぐフロントガラスにぽつぽつと雨粒。「降ってきちゃった」独り言のように言うと、わたしとそう変わらないような年齢の運転手さんが首を曲げてこちらを振り向き、「そうですねぇ」と微笑んだ。そのまなざしの柔らかさにわたしはちょっと戸惑い、くるっと左の窓ガラスを向いて「なんだかおかしな天気……」と呟く。(東京で)タクシーを続けていくには、このひとの目はやさしすぎる。 それにしてもなにかが違う、この運転手さん。座席に手をつかなくてもいいくらいの静かな運転で、それなのに早い。こちらの事情を察して急いでくれてるんだ、きっと。 皮肉にも、交差点にさしかかるたびに信号が赤になる。このくらいの皮肉ではもう驚かない。 かっち、かっち、かっち……、はやる気持ちの1オクターブ下にはウィンカーの音に眠気を誘われるくらいの静かな心境が横たわっていて、それがわたしにぼんやりと窓の外を見つめさせる。さっきまで(風は強いものの)晴れていたのに急にこんなに降ってきて……ドラマみたい。でも現実なんだ、これ。


 動物病院の入り口の扉をあける。助手の女の人が出てくる。どうしてそんな目を、そんな表情をしているの。


「生きてますか」
「……。まずあの、このスリッパを履いてこちらへ」

 スリッパに履き替えて奥へ進む。もうひとりの人が治療室のカーテンを開けて待っている。

「生きてますか」
「……。こちらに、こちらにどうぞ」

 

 

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2005.9.7 ・9.7(3) 車のガラスを大粒の雨が /スコップを購入 

 


 子猫は、元の飼い主のところでその病気に感染していたのらしい。うちに来てから一歩も外に出ていない(他の猫と接触してない)し、症状の現れた時期から考えても、おそらくそうでしょう、と先生は赤い目をおさえながら言った。


 家人はわたしから十分ほど遅れて動物病院に着いた。


 子猫の体から延命器具を外したり、清拭をする間、わたしは路肩に停めた家人の車の中で待つ。
 ときおりゴッという音とともに風が街路樹の葉という葉を白く裏返し、すべてをさらっていくかのように吹きあれ、車のガラスを大粒の雨がはげしく伝い落ちる。
 帽子をもってきていてよかった。 今朝の飲みかけのレモンティーに口をつけ、鞄から帽子をだしていつもより深めにかぶる。

 


 キャリーバックを抱えた家人が車に戻ってきた。ペット霊園のパンフレットを貰ってきたという。屏風のように折り畳まれたそれを開く。石碑とセレモニールームの写真。その下で眼鏡をかけた住職がさわやかに笑っている。次の頁には動物の大きさ・弔いのメニュー・料金の一覧。ペットの墓地は人間のお寺に併設されていて、場所はうちから電車で三十分ほどの所。「今からそこ行ってみるか?」 わたしは答えず、シートベルトの金具を弄びながら後ろを振り返る。三時間前にこのひざに乗っていたキャリーバッグが、いまは後部座席でひそとも動かない。 わたしはかねてから考えていたことを家人に話した。「うん、ええかもな」家人が頷いた。

 

 帰り道、ホームセンターでスコップを探し、ついでに植木鉢と園芸用土ほか。

 

 

 

 

 

2005. 9.7(1)子猫、うごけなくなった 


2005.9.7 ・9.7(1) 子猫、うごけなくなった 


 早朝。子猫が猫トイレでうずくまっている。砂の上に吐いたあとがある。そのまま出られなくなったらしい。抱き上げて猫舎の棚に寝かせる。横向きに寝たまま動けない様子。お腹の上下するのが早い。 あれ。触れればカァっと手を焼くようないつもの体の温かさがない。寒いのかな。温かそうなピンク色のタオルをもってきて子猫にかける。

 お日様が昇りはじめた。明るくなってきた部屋でみると子猫の尻尾が汚れてカピカピになっている。さっきのトイレで吐いたものの上に座っていたらしい。お風呂場に連れていき温かいお湯できれいに流した。拭きおわらないうちに、とことことキッチンのほうへ歩きだす。「あぁ待って麦、どこいくの」タオルをもって子猫のあとを追う。ひざの上に乗せて尻尾を拭いていると、子猫は「降ろしてぇ」と言うようにひざから降りて食卓の下にもぐった。 朝一番で病院につれていこう。今日は家人が休みだから、もうすこししたら家人を起こして車で行こう。 子猫は食卓の下で、しんどそうに伏せている。のぞきこんでは声をかけ、手を伸ばしてお腹をさわる。うん、動いてる。

 

 わたしが洗面所で身支度をはじめると、いつのまにか子猫が食卓の下から出てきて洗面所の前の座布団にいた。『伏せ』の格好でこちらを見上げている。「あら来たの、ん?」となでると、食卓の下にもぐっていった。 洗面所に戻って支度をしていると、子猫はまた座布団の上に出てきて、わたしを見ている。窓からさしこむ朝日のなか、丸い黒目が潤んでキラキラ光っている。もともと可愛い目だけど、なんだろう、今日はまたいちだんと可愛い。「どしたの、今日は甘えんぼちゃんでしゅねぇ」手のひらで肩を包むと、スッとまた食卓の下へ入ってしまう。そんなことを三、四回か繰り返しているうちに、そろそろ病院の開く時間。

 

 家人を起こす。「車とってくる、下に着いたらメール入れるから猫つれて降りてきてな」 食卓の下から出てきてわたしの傍らにうずくまる子猫。すこしの間なでて、それからキャリーバッグの中へ入れる。 家人が下に着いた。家人の車に乗り込み、キャリーバッグをひざに抱える。台風のあれなのか晴れているけれど風が強く、車の前方で新聞やビニールが高く舞い飛んでいる。さんさんと日の当たる助手席で、キャリーバッグの中の子猫を手のひらで温め、声をかけつづける。「だいじょうぶよ、もうすこしだからね、診てもらえるからね、ね」

 


 朝八時。動物病院に着く。

 「体温も低下していて、胸のほうにまでお水がたまってきて呼吸がしにくい状態ですね」。 こちらのほうでお預かりして点滴と濃いめの酸素を送って……してあげると苦しいのが少しはやわらぐと思いますけど、どうしますか、と先生。

 子猫を病院に預けた(入院)。 帰り道、すこしだけホッとした気持ちと、空になったひざに違和感を感じながら、何度もうしろ(動物病院のほう)を振り返る。「病院、いろいろしてくれるって言ってたもんね……」「うん、とりあえず呼吸は楽になるやろ」「今日あなたが休みでよかった」「そうやなぁ」 スーパーに寄り、珈琲・お惣菜・白飯その他。

 


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 家人は自分の検診のための病院へ出掛けた。妹の携帯にここ数週間の子猫の様子と入院させたことをメール。 空腹だけどご飯なんて食べる気になれなくて、とりあえず音楽を聴く。 なにかあると、このひとの曲を聴いてるなぁ。あのときも、それからまたあのときにも。この手を離しちゃだめだ、離したらわたしは……って、しっかりと手をつなぐように聴いていたんだ、いつも。

 

 ふと左ひざを立てると、ひざ横に二本の赤い傷跡。ああこれ、いつか子猫に引っかかれたところ。まだ残っていたんだ。 まさか。この爪跡が消えるより先にあの子……。 麦、あなたうちに死にに来たの?? ちがう。愛されるために来たんだ。そうでしょう麦。 そんならこれからじゃない。ようやくうちとけてきて、いよいよこれからじゃないの。愛ならここにたっぷりあるのよ、これぜんぶあなたにあげようと……、麦。 もしその何とかっていう病気なら「治った」っていう初めての例になろう、奇跡みたいに回復してお医者さんをびっくりさせてやりましょう。ね、麦。 奥歯をかみしめる。泣いたらいけない、縁起でもない、いま泣くなんてとんでもない。 ヘッドホンから流れる音楽の、その声の主に祈る。おねがい、あなたの力をちょうだい。かつてわたしを救ったあなたの、あの力をわたしに。そうしてわたしからあの子に……。 バルコニーの草たちも頭に浮かぶ。あなたたちも。おねがい、力をちょうだい。

 

 

2005.9.6 空っぽの袖で眠る子猫 /いつでもそばにいて触れていたい。 /麦、やせたねぇ


2005.9.6
 午前中。子猫は朝のキッチン探険を終えると座布団に乗ってきて、わたしの右腰にくっついて丸くなった。右手でそっと子猫の肩を抱く。たっぷりめの長袖シャツで、ちょうどいいお布団だ。子猫は目を細めて本寝に入る模様。でもパソコンで日記を書いていたところなのに右手が猫のお布団に……うーん。 あ、こうしよう。 シャツの胸ボタンを三つほど外すと、右袖からそろ~っと腕だけを抜いた。右肩と右腕だけ出して、なんだか遠山の金さんのような姿でキーボードをたたく。


 空っぽの袖とも知らず、子猫は深く眠っている。 そうだ。明日は温かい珈琲を淹れよう。秋冬に飲んでいたあの珈琲を。 麦に教えてあげよう。『いい香りでしょ♪ これねぇ、珈琲っていうのよ』って。

 

 

 起きてるかな。寝てるかな。暑くないかな。寒くないかな。この頃は何をしていても子猫が気になってしまう。さっきなどは「これだけは聴きたい」という大切な音楽を聴こうとしたのだけど、一曲も聴き終えないうちに子猫に会いたくてたまらなくなり、ヘッドホンを耳から外し、「麦……」と会いにいってしまった。 ひとときもはなれていたくない。いつでもそばにいて触れていたい。

 


 午後。家人の部屋で子猫とお昼寝。枕元に寝ている子猫の首や背中をなでる。こりこりの肩骨とステゴザウルスのようにカクカクの背骨を指先でたどる。やせたねぇ、麦……。 わたしに触れられた子猫はちょっとだけ目を開き、やわらかな黒目を泳がせると、しずかに二・三度まばたきをして、またゆっくりと目をとじる。 まつげ、こんなに長かったんだ。しらなかったなぁ。

 

 

 

2005.9.5(1) 子猫を自由に /(2)尻尾が、わたしの足元をくすぐる /

2005.9.5(1)

 きのうの動物病院で飲み薬を処方された。朝と夜、粉薬のそれを水で溶いて注射器(針なし)で飲ませる。

 朝。二人がかりで子猫をおさえて薬を飲ませてから、時計を気にしつつパンをほおばる家人。「こっちはアップルパイ??」「こないだ会社で女の子にやったら美味い、もっと食べたい!って言うから持ってくねん」「そう。こんな大っきいの喜ぶね」「おぉ」


 子猫と一緒に家人を見送る。「あとで(子猫を俺の部屋に)仕舞うといてな」と家人が出掛けてからも子猫はずっとキッチンにいる。 キッチンは電気コードも多いし子猫が歩くには危険という理由で、これまでは家人の部屋から出てこようとする子猫を「だめ」と制したり、出てきたところを抱っこして家人の部屋に戻したりしていた。 一昨日あたりからは自由にさせている。(薬以外の)いっさいの禁止を解こう。なぜかそんな気持ちになって。


 昨夜、子猫がキッチンに来ても制止しないわたしをみて、家人が呆れたように笑う。


「何でも許してまうようになって…… よっぽどこむぎ(子猫)のこと可愛いねんなぁ」
「ふふ」
「あと一年やしなぁ」
「まだ検査結果でてないでしょ」
「うん。せやけど先生はもう『その病気ですね』って言うとるし……」
「……」

 

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・9.5(2) ※子猫の尻尾が、わたしの足元をくすぐる 


 家人の部屋しか知らなかった子猫はこのキッチンに興味津々といった様子。耳をピンと立て、目を丸くしながら、なにやら真剣に探険している。 興味つんつんでしゅか?と子猫の背中に声をかけると、ん?と振り向くけれど、またすぐに探険をつづける。カラーボックスの下の段に入ってちょこんと座ってみたり、扇風機の首振りに合わせて頭を動かしてみたり。それでも、わたしが流しに立って洗い物をはじめるといつのまにか足元にきていて、わたしの足首をふさふさの尻尾でくすぐりながら可愛い顔で見上げていたりする。


 ひとしきり探険をした子猫は家人の部屋に戻って丸くなった。あぁ行っちゃった。ちょっと寂しいような気持ち、それを紛らすかのようにコンビニへ。遠回りしてゆっくり歩いていると、左手のどこかからいいにおいがしてきた。たまねぎを炒めて、甘くシナシナになるまで炒めてそこに醤油を加えたところらしい。うっとりしながら歩いていると、こんどは珈琲をたてているらしい香り。くらくらっとなる。久しぶりに珈琲(ドリップオン式)を淹れて飲もうかなぁ。


 夜。猫のお薬セットを持って家人の部屋へ。家人は「そうや忘れとった」と笑いながらPCの椅子から立ち上がると、『内用薬:○○こむぎ 様』と書かれた可愛らしい薬袋をとり、粉薬の袋をピリリとあけ、水で溶きはじめた。わたしもちょっとだけ笑ってから子猫のそばにいってヨシヨシをしたけれど(薬を怖がらせないように)、心臓が変なふうに打って、かすかに手が震えた。 部屋に入ったときに見えてしまった。家人のPC画面が、子猫のオークションのサイトだった。(うちの子猫も家人がどこかのネットオークションで衝動買いしたもの) 家人、もう「次の猫」の算段をしているの……?

 

 

2005.9.4(2) 子猫、きちんとした病院へ /悲しいお知らせ 

2005.9.4(2)

 病院で注射してもらって数日たつけれど、猫は良くならない。「あの病院、大丈夫なんかなぁ。猫の顔ちょっと見ただけで、検温もせぇへんかったし……」と家人。十日前ぐらいからお腹が出てきて、太ったのかな?なんて話していたのだけど、首の辺りは骨っぽくなった感じもする。トイレのほうはとくに異状なし。

 

以下、気になる点。

・声を出さずに鳴く
・おもちゃにも他の物にも興味を示さない
・(数日前から)動きがノソノソしている
・(三日ほど前から)食欲がない
・ほとんど一日中うとうとしている
・ときどきクチャクチャと口を動かす
・のど下の骨が妙にとがっている
・背中と尻尾の毛が硬くなった
肉球の表面が乾いている(乾燥した唇のように)

 


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 夕方。家人が猫を別の動物病院へつれていき、検温や血液検査など、きちんと診てもらった。

 

 お腹のふくらみは腹水がたまっているから、のど下の骨は痩せたから、とのこと。注射器で腹水を吸い出してもらったという。 きょうの病院では体重も計ってくれて、うちの子猫は1kgだとか。

 

 家人は、悲しいお知らせがあります、と言うとわたしに白い紙を見せた。『猫伝染性腹膜炎FIP)』と書いてある。 「血液検査の結果がまだやけど、症状からするとおそらく90%の確率でその病気だろう、って先生が」